ジョーン・マクラッケン その1「異相」 ― 2007年07月09日 00時33分03秒
あまり勉強する時間がないので、これまでの小評伝のような書き方を変え、ダンスについてだけ、気づいたことを書いていきます。そのためストーリーがなくなり、ただの覚書のような退屈なものになるかもしれませんが、あしからず。
(なお今回から画像を一度だけクリックすると、拡大したものが見られるようになりました)
さて今回はジョーン・マクラッケン。
元来ブロードウェイの人ですが、糖尿病で心臓を悪くしたため舞台の活躍期間も十年くらいしかありません。出演した映画も少なく、”Hollywood Canteen”(1944)と”Good News”(1947)くらいなものです。
「ザッツ・エンタテインメントⅢ」(1994)に”Good News”の中のナンバー”Pass That Peace Pipe”の見事なダンスが登場するのでご存知の方も多いでしょうが、踊りをどうこう言えるプロダクションナンバーは、この他に”Hollywood Canteen”の"Ballet in Jive" しかありません。
ところで、この人は考えてみるとキャロル・ヘイニーと共通点が多いことに気づきます。
挙げてみると、
踊りの実力は超一流
残っている映像が少ない
ボブ・フォッシーと関係が深い(なにしろ彼の二人目の妻)
糖尿病で早死に
美人ではない
なんだか良くない共通点の方が多いですね。
さて、ヘイニーともども美人ではないと書きました。が、同じように器量が悪いといっても両者の意味合いは違ってきます。
ヘイニーはスタイルは悪くないし、当時のハリウッドの基準では映画に適さないと判断されたのでしょうが、現代の目で見れば、愛嬌があって映画で十分やっていける気がします。
一方、マクラッケンの方は何と言ったらよいのでしょう-----この人の顔は険がある。
写真を見てもわかるのですが、眉から眼窩縁と目の上半分のあたりに凄く強いものがあって、ある種の怖さにつながっている。それに異様なエネルギーの強さも加わって、それが手足の短い体全体のかわいらしさと相反するのです。一種の「異相」です。
しかも撮影当時30歳近くだったにもかかわらず大学生の役を演じた無理(?)もあるのか、画面で初めて見ると、観客はこの人をどう判断してよいのかとまどい、ある種の混乱に陥ります。ありていに言えば、演技やダンスの能力の有無以前に、この人は本質的に映画に向いていないのではないかと思うのです。
ジョーン・マクラッケン その2 「略歴」 ― 2007年07月10日 00時58分57秒
のっけから悪口で凄いことになりそうですが、そんな大逆風をものともせず、観る者に何かを語らせてしまう実力をこの人は持っています。
ここですぐに彼女の踊りについて書きたいのですが、あまり予備知識がなくても困るので、経歴を簡単に書いておきます。
1917年、フィラデルフィアの生まれ(1922年生まれと書かれたものも多いが、1917年説が正しいらしい)。
11歳以前からキャセリン・リトルフィールドのもとでダンスを習い、ハイスクールを中退すると彼女のバレエ団に参加。ヨーロッパ巡業やラジオシティ-・ミュージックホールを経て、1943年、ロジャース=ハマースタインの名作「オクラホマ」のシルヴィー役で一躍脚光を浴びる。
ただしこの役に台詞はなく、ダンスのみ。ミュージカルBillion Dollar Baby(1945)、Dance Me a Song (1950)、Me and Juliet (1953)やThe Big Knife(1949)等の演劇に出演するが、糖尿病に伴う心臓疾患のため、1954年以降舞台、テレビも含め出演の記録はない。
1961年、同疾患のため死去。享年43歳。
なお年代は不明だが、ジョージ・バランシンの創設したスクール・オブ・アメリカンバレエの第一期生でもある。
ボブ・フォッシーとは1951年から59年まで結婚。グエン・ヴァードンの前の妻になります。
ちなみに彼女の最初の結婚相手、ダンサーのジャック・ダンフィーは後にトルーマン・カポーティーの長年にわたる「伴侶?」となった人です。
ジョーン・マクラッケン その3「立ち姿」 ― 2007年07月10日 01時03分55秒
ジョーン・マクラッケン その4「腹」 ― 2007年07月10日 21時00分38秒
とはいえ、彼女の踊りが一般のバレリーナと全く違うことは、一目すぐにわかります。
彼女の踊りを他と分かつ特徴は、その発達した腹と可動域の広い股関節にあります。上の写真を見て下さい。”Pass That Peace Pipe”です。左足の出し方が後ろの男性たちと全く違うのがわかるでしょう。
男性たちがお尻のあたりから左足を斜めに差しだしているのに対し、彼女の場合、上体に無理をかけないまま左太股が股関節からグッと側方に開き、股の間に腹や尻ががすっぽり納まった印象を受けます。優れた相撲取りの四股や股割と同じです。この安定感、地面に吸い付くような重力との親和性が彼女の優れた特性の一つです。
腹は身体の中心となり体の各部分をまとめていきます。上の写真でも、左右の腕、頭部、左右の脚それぞれがバラバラの方向に出され、何らかの直線や曲線に統一されているわけではありません。しかし、全体としてまとまった印象を受けるのは、彼女の腹が身体運動の中心を支える強い存在になっているからです。
ジョーン・マクラッケン その5「バボちゃん」 ― 2007年07月10日 21時02分54秒
突然ですが、フジテレビのバレーボール放送のマスコットキャラクター「バボちゃん」です。
どうしてここに出て来るんだと怪訝に思われるでしょうが、マクラッケンの身体イメージを極端に模式化するとこうなります。
この場合は体全体が腹になっていますが、左右の手足が中心から等距離に同じ機能を持って放射状に延び、基本的に上下左右の差はなくなっています。腹を中心に身体各部がしっかりコントロールされたこのイメージは、手足の短い彼女にはなおさらピッタリです。
ところで以前ドナルド・オコナーについて、腹がよく利いていると書きました。しかしそれはあくまでも、全体的にスマートな印象をあたえるオコナーに対して「比較的」という但し書きがついてのことです。マクラッケンの場合は違います。腹は彼女の全身体イメージのかなりの部分を象徴し、その存在感ははるかに大きなものです。
腹をしっかり錬り上げ、そこを中心とした身体活動を行うという考え方は、歌舞伎や日本舞踊ではごく当たり前のことですが、美しい身体軸を作り上げることを目標とするバレエの訓練を受けた中からどうして彼女のような身体が生まれたのか。
まさに異能の人です。
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