エレノア・パウエル その8 「胴体」 ― 2007年02月24日 00時31分11秒
「踊るニュウヨーク」(1940)から”I Am the Captain”。
腋の下から胸を使って腕を張り、腰から動くエレノア独特のスタイル。
エレノアの一連の踊り--いわゆるルーチン--に使われるタップ以外の基本的パターンはそう多くありません。前後に大きく両脚をスプリットしてゆっくり戻す動き(その6の写真)、胃の周辺を片手で抑えながら胸より下を左右にゆらゆらさせる動き(その5の写真)、大きく体幹部を後方に反らせる動き(その2の写真)、前転、後転などアクロバティックな動き(コーラスの男性に放り投げられる場合もある)。そしてターンです。
もちろんそれぞれのナンバーは設定も趣向も変えて踊られていますが、根本にあるパターンの組み合わせにそう大きな違いはありません。こういった動きが、強い弾性をもって錬り込まれた彼女の肉体によって演じられると、特有の重みと量感がありながら嫌味のない、エレノア独特のダンスが出来上がるのです。
このような印象を与える体の構造はどうなっているのでしょう。
彼女の体の大きな特徴は、その機能的でコントロールされた体幹部です。第一に目立つのは、両脚が股関節から始まるのでなく、そのずっと上、胸の辺りから始まっていることです。言い換えれば、両脚が胴体を突き抜けて胸まで延び、乳首の高さに仮想の股が存在すると言ってもよいでしょう。延びた脚は胸や腹の内部でコントロールされます。このため胴体が非常に柔軟でリラックスした印象をあたえ、胸から下をゆらすことも可能になります(このときの映像をよく見ればわかりますが、肩から上胸部が壁に貼り付けられたように安定し、そこから下の部分がリラックスしてゆらゆらと柔らかく動いています)。
またこの機能は体を回転させるときにも使われていると思われます。彼女のターンは非常に安定し狂いがありませんが、不思議なことに、確固とした中心軸をもっている感じを受けません。おそらく体幹部内にある(仮想の)両脚に左右から捩りをかけ、結果としてできる軸(のようなもの)を中心に回転を行っているのではないかと考えられます。
第二の特徴は重い腰です。胸の内部のコントロールだけでは重心が浮き上がりますが、エレノアの踊りからは逆にずっしりとした重みと安定した重心を印象づけられます。これは彼女の腰からヒップのあたりに重量感の強い、一種の錘のような性質があるからです。胸の内部の高い重心と腰の周りの重みが奇妙なバランスをとりながら地面を捉えています。
これは勝手な推測ですが、エレノアのタップダンス習得の速さを思い出すと、彼女の体にはバレエを習っていた頃からすでにタップに必要な筋肉や身体機能が備わっていたのではないかと考えられます。タップの講習は単に元来備わっていたものをうまく使い始める「呼び水」であったに過ぎないということです。当初から両脚を胸の周辺でコントロールする能力があって、それをタップに援用したにすぎないのしょう。さらにタップダンスの低い重心用に腰の重みが開発されたのか、それともこれも元から備わっていたのかはわかりませんが・・・。
第三の特徴は第一や第二の特徴と重なるかもしれませんが、胴体全体をひとつのユニットして活用できることです。胴体全体として後方に反らしたり固めたりしながら、アクロバティックな動きにも対応しています。
ただ彼女のアクロバティックな動きの多用が本当によかったのかどうか、私には疑問が残ります。アクロバティックな動きは「けれんみ」があってその場は華やぎますが、結局そのときだけの座興に終わってしまい、踊りの深みには結びつきません。彼女のダンスがいろいろな趣向を凝らしているにもかかわらず、踊りの質自体が金太郎飴のように「どこをとっても同じ」といった印象を受けてしまうのも、アクロバティックな動きから感じられる力強さのイメージが鮮烈だからかもしれません。これは当時の風潮や、プロダクションナンバーを作る振付家の問題でもあるのでしょうが、彼女の才能から考えて残念なことだと思います。
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