エレノア・パウエル その9 「ビギン・ザ・ビギン」 ― 2007年02月25日 01時58分00秒
エレノア・パウエルを語るならこれを外すわけにはいかない「ビギン・ザ・ビギン」。
さんざん語られているので屋上屋を重ねるようなことを書いてもしかたがない。
しかし逃げるわけにもいきません。
「あれ、写真が違う」
そう、これは踊り終わった後でジョージ・マーフィーを引きずり出し、三人で踊るフィナーレの”I've Got My Eyes on You”。
「ビギン・ザ・ビギン」は一枚や二枚写真を載せてどうなるものでもないので、こちらを載せてみました。
どうしてか。
実はこの場面、三人がほぼ同時に右回りに一回転したところです。アステアはすでに回り終え、エレノアも顔は少し残っていますが、体は回り終えています。ところがマーフィーはまだ回りきらず、完全に反対の方向を向いています。別に回転のスピードを競う競技会ではないので、早ければ良いというわけではありませんが、同時に回り始めてこれだけの差が出るということは、他の二人に比べどれだけ動きに無駄やロスが多いかがわかります。
「ビギン・ザ・ビギン」を何度も見返してわかるのは、結局エレノアとアステアの動きに無駄がないということです。一切の無駄を省き、観客が観たいと思うテンポで期待する場所にポンと足を、体を置いてくれる。二人のスタイルは違っても、この小気味み好さ、爽快感がとぎれることなく続き、逆に観客を引っ張って行きます。
満天の星と、漆黒に輝く鏡の床。ロイス・ホドノットの悩ましい歌声。学芸会のようなコーラスの踊り。女性カルテットの「どうしたんだ!!」と言いたくなる頭の上の花飾り。このどれもが二人の踊りを支えています。
前半のフラメンコ風タップもロマンティックで悪くはないが、どこか重苦しいフラストレーションを残します。しかし後半、脳天気な歌声に乗ってエレノアとアステアが白い普段着でにこやかに現れると、圧縮された重苦しさは一気に開放されます。周囲の空気が明るく軽やかに豹変し、観ている者を引き込んでいくのです。
エレノアがアステアのスタイルに合わせたため、いつものけれんみが影を潜めています。踊りに無駄がありません。アステアの本質だけを押さえたダンススタイルが良い影響をあたえています。一瞬たりとも隙のない踊りは互いにかなりきつかったろうと想像されますが、スクリーンの二人は笑顔を絶やしません。どちらに重心が偏るわけでもなく対等に踊る二人の軽やかさがテンポを呼び、リズムが唄います。二人の間に流れるのは愛情というより友情でしょうが、それで十分です。無理な演技でなく、ダンスそのものからエレノアの踊りに心の通い合いが生まれたことが特筆すべきことなのです。
「ビギン・ザ・ビギン」
今更ながら、ミュージカルタップの精華です。
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