ドナルド・オコナー その5 「ジーン・ケリーの影」62007年06月06日 01時14分25秒


 極め付きはこれです。

 ケリーのカッと輝くような明るさが観る物の視線を奪います。天性のものと言ってしまえばそれまでですが・・・・。

 DVDでよく見るとわかりますが、オコナーの瞳の色が薄いせいもあって、ケリーの目の方がいやにくっきり目立ちます。顔を引き立たせるのです。
 オコナー最高のダンスはケリーの監督、振り付けによりもたらされたにもかかわらず、そのケリーに自分の良さを消されてしまうのが怖いところです。

 書いていくとなんだかケリー論のようになってしまいます。しかしケリーがいつも隣で踊っているのがまずいのであって、オコナー一人で踊っていたらそれはそれで賞賛に値する立派なものだと思うのです。

 オコナーの踊りの特徴はそのトリッキーな動きからは考えにくいほどの正統性にあります。スマートな外観やダンスの機敏な印象とは違い、彼の動きの特徴は腹です。つまり身体運動の中心が自分の腹にあるのです。足の裏と床の衝突で生まれたエネルギーを腹で受け止め、タップを踏むときの下肢のコントロールも腹で行っているのです。

 「ジーン・ケリーの影」1の写真をもう一度見て下さい。といってもこの一枚ではわからないのでDVDで確認していただきたい。高速で左右の足を組みかえる動きの中心に彼の腹があることを。
 アクロバティックな動きのときには体の多様な部分を動かすため、違った印象を与えがちですが、腹中心の彼の動きは軽やかな中にもどこかしら落ち着きや安定感をにじませています。

 上半身はあまり動きがありません。彼がいろいろなところで語っているように、子供の頃から”hoofer”として、腰から下の訓練しか受けていないからです。上半身の動きを学ぶようになったのはユニヴァーサルに入って以降、スタジオの振付家だったルイ・ダ・プロンや、他社に出演したときのロバート・オルトン、ジーン・ケリーらに振り付け、指導を受けるようになってからだといいます。それゆえ、どうしてもケリーの上半身の動きに見劣りしてしまうのです。

 オコナーの体の全体的な質感は筋肉の存在を感じさせながらも軽く乾いた印象を与えます。ケリーの筋肉が重みのあるどこかジトッとした感覚なのとは対照的です。しかしこの乾いた軽さは観る者にさわやかな明るさを与える反面、質感に内在する表現力という意味ではどうしても弱くなってしまうのが欠点ともいえるのです。

 デビー・レイノルズの自伝によれば、稽古中のケリーはオコナーを「なんでステップをちゃんと踏めないんだ。馬鹿野郎」とよく罵っていたようです。本当はデビー・レイノルズを怒りたいが、あまり怒るとやめてしまいそうなのでオコナーを代わりにしたというのが真相のようです。しかし怒られる本人にすれば、わかっていても気持ちのよいものではありません。作品の出来とは裏腹に、オコナー自身の制作に対する印象は必ずしもよいものではなかったようです。

 撮影の遅れから契約期間が終了し、オコナーは次のテレビの仕事にはいるため、途中で抜けることになります。ケリーと二人で踊るはずの「ブロードウェイ・バレエ」は構想を変え、シド・シャリースを迎えて撮影されます。

 オコナーが踊っていたら「ブロードウェイ・バレエ」はどんなものになっていたのでしょうか。